こんにちは、ナチュラル美人ダイエットサポーターの岩井紫織です。

ゴールデンウイークが終わり今週から日常モード!になっているところでしょうか?
休み明けって中々エンジンがかからない私ですが、ゆっくり気持ちを上げていこうとブログを書いています。

さて今日は私がダイエットサポーター、モデルとして独立するまでのストーリーをお話します。

今でこそ「自分らしい」とか「私は私」という価値観で前向きな思考で過ごしていますが、少し前までは超ネガティブ人間でした
そんな暗~い低空飛行な毎日を過ごしてきた私のストーリーを公開しちゃいます。


これまでの人生をお話することで私の人となりを知ってもらえたら嬉しいです^^

自分で言うのもなんですが、波乱万丈な人生を歩んできたなーと。
いくつかの記事に分けてお送りするので、ぜひお付き合いくださいね。

風見鶏的に生きていた幼少期から高校時代

私は小さいころから大人しく控えめで恥ずかしがり屋、自分の意見は言えない性格でした。

気の強い子に何も言えず、まるで金魚のフンみたいにその子と一緒に行動していた幼稚園時代(笑)
思えば気の強い人と付き合うことが多かったです。
相手からすれば自分の意見が通るから都合のいい人間だったんだろうな。

小学校でも通知表には「大人しく控えめな性格で~」と必ず書かれていて。

 

本当は目立ちたい気持ちもあったんです。
でも恥ずかしくて後ろに隠れてしまう、そんな子供でした。

恥ずかしい気持ちのもっと奥底には「目立って失敗したらどうしよう」、「間違ってたらどうしよう」という気持ちがあったように思います。

思えばこのころから自分の気持ちを隠して生きていました。

こんな生き方をしていた要因は両親の育て方にありました。
父親が真面目で昭和の考え方を持っている人なので「正しい、間違い」や「~しないといけない」とよく言われていた記憶があります。

子どもが価値観形成するなかで一番影響を受けるのは両親ですよね。

私は無意識下で「正しい、間違い」や「~しないといけない」という価値観が刷り込まれていました。
(父親の考え方や育て方が悪いと言ってるわけではないです。苦しかったけど今は感謝しています^^)

物事の選択基準は「世間的に正しいか正しくないか。やるべきかそうでないか」
だから自分の意思がどこにもなかった。

なにをするにも一緒に行動する友だちのことを気にして自分の意見を言うことは少なかったです。

 

習い事やクラブ活動、部活もほとんど友だちの意見に流されてやっていました。

友だちが剣道を習い始めれば一緒に始め、辞めることになるとつられて辞める。
卓球部に入部しようと言われれば、流れのまま一緒に入部。

本当は剣道なんてしたいと思ったこともないし、卓球よりもテニスやバドミントンがしたかった。

その時は仲のいい友だちと一緒にいられる嬉しさが勝っていたので良かったけど、友だちの気持ちや顔色を伺って過ごしていました。

高校でも同じ。友だちの意見に流されてダンス愛好会に入会したものの熱が入らず1年で辞めました。

 

自分の「やりたい、したい」を無視して人に合わせて目立たず無難に生きる。
風見鶏のような生き方をしていました。

そして悲しいことに、そんな私をもっとネガティブで自己否定を強くする出来事が小学6年生のときに起こったのです。

その出来事とは…次回お話しますね。